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DATE: CATEGORY:中国・韓国・北朝鮮
「和夫 朝鮮」とは・・・

日本の天皇が降伏宣言をした1945年8月15日。
自分たちが育てた朝鮮人孤児たちにより
凄惨に殺害された和夫さん
のお話です。

和夫さんに育てられ、仕方なく事件に加わったキム・ソンス少年の証言を
キム・ワンソプという方が本にしました。

親日派のための弁明2

韓国では「青少年有害図書指定」されて、事実上の「発禁」となりました。

ではかなりの長文になりますがコピペを載せておきます。



金完燮(キム・ワンソプ)さん
「私は生粋の韓国人だ。
 でも、韓国人というものがあまりにも情けなく、えいっと殺してしまいたいときがある。
 なぜ日本の蛮行は暴くのに、自分たちの汚い利己心と低劣な鍋根性には目をつぶるのか?」
 
日帝時代、朝鮮に移り住んだ日本人の中には、明らかに立派な人々も多かった。
公務員だった和夫は、政府の命令にしたがって朝鮮へ赴任したのだ。
ふだんから人情味の厚かった和夫は、小作料を収穫全体の十分の一とし、
村人たちを家族のようにみなして喜びも悲しみもともにした。
貧しい小作人が食料がないと泣きつけば、喜んで食べるものを分けてやったし、
村で誰かの葬礼があれば、家族総出で駆けつけ、
食事の支度はもちろん、自ら慟哭して、悲しみを分かちあうこともあった。
このように、和夫は人間への温かい愛情をもった真の人間だった。

また、和夫は近くに行き場のない孤児がいると、連れ帰って面倒を見ていたが、
いつのまにか私設孤児院規模にまで増えてしまった。
けれども、和夫夫婦はこれら孤児たちを家族のように愛し、自ら喜んで彼らの父、母を称した。

和夫の家族は、ふだん、このように朝鮮人を愛した。

しかし,彼らは、日本の天皇が降伏宣言をした1945年8月15日、
自分たちが育てた朝鮮人孤児たちにより、凄惨に殺害されたのだ。
 
その日、朝鮮人がやって来た。
わが子のように育て、東京帝国大学に留学までさせたAの主導下に、
彼の家で教育を受け、育ち、成人した青年たちが、
斧と鍬、スコップを手に、和夫のもとに押しかけた。
そのとき現場にいた金ソンス君は、次のように証言している。

和夫:なんでこんなことを、子どもたちよ。

A:チョッパリ! 日本へ失せろ、失せちまえ。

和夫: 私が、お前たちにどんな間違いをしたというんだ。
 お前たち、みなが私の息子だ。
 私はこの家の家長であり、お前たちの親だ。
 お前たちの祖国が解放されたことは、私もふだんから待ち望んできたことだ。
 踊りでも踊りたい気分の日に、なんだって凶器をもって私の所に詰めかけたりするんだ。
 私は決してお前たちをそんなふうに教育したおぼえはない。
 (涙を流しながら)ほんとうに悲しいことだ。
 朝鮮の息子たちよ。

A:意味深長な目配せをBに送る

B:死ね、チョッパリ、シッパルノマ。

間髪入れず鍬が、和夫の後頭部に振り下ろされたのと同時に、
数多くのスコップと斧が彼の体をずたずたに引き裂きはじめた。
このとき,和夫の妻が我慢できずに飛び出してきた。
それまで黙っていたCは、和夫の妻を見て、彼女の長い髪をつかみ、
庭の奥まったところに引きずっていった。

そしてなんと13人がかりで、
ほんの一週間前までお母さんとして恭しく仕えていた彼女を、強姦しはじめた。
(金ソンス君は、この期に及んで自分が止めに入ったら、自分も殺されただろうと言った)。

強姦に耐えられなかった彼女は、行為の途中で死亡し、
Dは,ふだんお母さんと呼んでいた彼女の全身を滅多刺しにするだけでは足りず、
内臓をひきずり出してまき散らした。

和夫には、一人の幼い娘がいた。
ふだん模範的でいい子だったヒミコさんは、放課後、家に帰ってきて、
両親の身に起こった惨状を見、気が触れてしまった。

ヒミコが何日間も慟哭する声に、近隣住民たちは眠れなかったそうだ。
その後、孤児になったヒミコは、食べ物を乞おうと、
その付近をさまよったが、朝鮮人は知らないふりをした。

結局、彼女は9日後、村の橋の下でやせ衰えた死体となって発見された。

当時,ヒミコは小学校6年生の幼子だった。



金完燮(キム・ワンソプ)さんは、来日した折り、日韓関係について、語っています。

日本は韓国政府に対して、反日教育を中断するように強く要求しなければならない。
韓国人は、一つ、二つ上の世代の日本人が、
朝鮮のために注いだ汗と努力、そして奉仕したことを知るべきです。

要するに、日本人が明治から終戦時まで、朝鮮半島で何をしたのか、
ちゃんとした事実を知るべきだと、キム・ワンソプさんは言っています。
そして韓国の反日教育を止めるように、強く要求せよと言っている。


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